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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)253号 判決

控訴人

光山武男

右訴訟代理人

柳瀬宏

脱退被控訴人

波多野要蔵

当審当事者参加人

辰新建設株式会社

右代表者

辰巳新一郎

右訴訟代理人

富阪毅

主文

控訴人は当審当事者参加人に対し、和泉市山荘町四二二番 畑 四五九平方メートルの土地について、大阪法務局泉出張所昭和四一年六月一八日受付第九三五七号根抵当権設定登記の抹消登記を承諾せよ。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める判決

一  当審当事者参加人(以下参加人という)

控訴人は参加人に対し、主文第一項記載の土地について、大阪法務局泉出張所昭和四八年六月二七日受付第一四三二号一番根抵権の転抵当登記の抹消登記手続をせよ。

参加費用は控訴人の負担とする。〈以下、事実省略〉

理由

一参加人の本訴請求の趣旨は、控訴人に対し本件転抵当権登記の抹消登記手続を求めるものではあるが、その請求原因では本件根抵当権の消滅を主張しているのであつて、その前所有者の脱退被控訴人が既に本件根抵当権者であつた仲野商店に対し本件根抵当権登記の抹消登記手続を命ずる確定判決を得ていて参加人はその承継人にあたることをも考慮すると、参加人の本訴請求は控訴人に対し、本件根抵当権登記の抹消につき控訴人の承諾を求める趣旨のものと解釈すべきものである(最高裁昭和五三年(オ)第一二一三号同五五年九月一一日第一小法廷判決・民集三四巻五号六八三頁参照)。

二本件土地がもと脱退被控訴人の所有であつたことは当事者間に争いがなく、参加人が昭和五四年一二月二七日脱退被控訴人よりこれを譲受けて昭和五五年八月一三日所有権移転登記を得たことは、〈証拠〉により認めることができる。

三請求原因二のとおり本件土地の所有者であつた脱退被控訴人が昭和四一年六月に、仲野商店のグルサンに対する商品売渡代金債権を担保するために本件根抵当権を設定し、本件根抵当権登記がなされたことは、当事者間に争いがない。

四〈証拠〉によれば、仲野商店は昭和四三年六月上旬、グルサンは同月二五日いずれも倒産して営業を廃止したため、両者の間の取引関係は終了したこと、グルサンは昭和四八年七月一八日大阪地方裁判所岸和田支部において破産宣告を受けたことが認められ、それによれば本件根抵当権の被担保債権の元本は遅くともグルサンに破産宣告のされた昭和四八年七月一八日には確定したものと認められる。

〈証拠〉および弁論の全趣旨によれば、昭和四三年六月二五日当時における仲野商店のグルサンに対する債権(本件根抵権の被担保債権を含む)は七五九九万四五五六円を超えず、グルサンの仲野商店に対する債権は一億三五七三万七六三一円を上廻つていたこと、当時両者は共に倒産し、右両債権は遅くとも昭和四四年六月末日には相殺適状にあり、相殺適状におけるグルサンの仲野商店に対する債権の額は、仲野商店のグルサンに対する債権の額を超えていたことが認められる。

参加人は、グルサンが昭和四三年六月二五日ころ仲野商店に対し口頭で相殺の意思表示をしたと主張するが、脱退被控訴人本人尋問の結果、その他本件全証拠によつても、これを認めることができない。

脱退被控訴人が、行方不明である仲野商店に対し、公示送達の方法により、物上保証人としてグルサンに代位して、前記グルサンの仲野商店に対する債権と仲野商店のグルサンに対する債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をし、この意思表示が昭和五一年一一月二四日に到達したものとみなされたことは〈証拠〉により明らかである。

そこで右相殺の効力について判断する。

グルサンが昭和四八年七月一八日に破産宣告を受けたことは前認定のとおりであるから、前記グルサンの仲野商店に対する債権は破産財団に属する財産ということとなる。ところで、破産法七条によれば、破産宣告により破産財団に関する管理処分権を失い、その管理処分権は破産管財人に専属するものであるところ、破産法がこのように、破産管財人に対し破産財団に関係する法律行為や訴訟その他の手続について専らその衝に当らせることとしたのは、破産管財人の公正妥当な職務の遂行に期待する反面、破産債権者が破産手続によらないでこれを介入することをも禁止する趣旨であると解されるから、破産債権者が破産者に対する債権を保全するために、破産財団についての破産管財人に属する権利を代位してこれを行使することは許されないものと解するを相当とする。

そうすると、脱退被控訴人がグルサンに代位し、その破産財団に属している前記仲野商店に対する債権を自働債権とし、仲野商店のグルサンに対する債権を受働債権としてした前記相殺の意思表示は、民法四二三条によるものとしては効力を有しないといわなければならない。

しかし当裁判所は、民法四五七条二項の類推適用により、物上保証人は、被担保債権を消滅させる限度で、被担保債権の債務者が抵当権者に対して有する債権を自働債権として自から相殺することができるものと解する。けだし、物上保証人は保証人とは異なるから民法四五七条二項が直接に適用されるものではないが、(1)物上保証人は当該担保物件の価格の範囲に限られるとはいえ、他人の債務について責任を負い、その責任が他人の債務に付従するという点で保証人と異なるところはないし、(2)物上保証人も保証人と同様に求償権を有するから(民法三五一条、三七二条、四五九条、四六二条参照。なお、破産法二六条三項は物上保証人に対し保証人に準じ将来の求償権を認めている)、このような相殺を認めることは同様に求償関係を簡明にするものであるし、(3)他人の債務について責任を負つた物上保証人も保証人と同様に、実際上は債務者の提供した担保と類似した効果を有している債権の対立関係について、相殺による利益を受けさせてこれを保護する必要があり、同条の立法趣旨である保証人保護の要請は、そのまま物上保証人にも妥当するものであるし、(4)実質的にみても、保証人の場合は債務名義取得ののちに強制執行がなされるのに対し、物上保証人の場合は直ちに競売がなされるのであるから保証人よりも切迫した立場にあり、相殺による保護の要請がむしろ強いものというべきであるし、(5)物上保証人に同条の類推適用を認めても物上保証の性格に反するものではなく、これによる弊害も考えられないからである。

しかるところ、脱退被控訴人は本件根抵当権を設定した物上保証人、本件土地所有者であり、〈証拠〉によれば、前記認定の相殺の意思表示は脱退被控訴人自身が物上保証人として仲野商店に対し相殺する意思も表明されていることが認められ、その旨の主張も含むものと解されるから、右相殺により、本件根抵当権により担保される仲野商店のグルサンに対する債権は全て消滅したものというべきである。なお、右相殺当時にはグルサンは破産手続中であつたが、このことは物上保証人の相殺権の行使を妨げるものではない。けだし、この場合の相殺は、前述の破産管財人に専属する権利を債権者代位する場合とは異なり、物上保証人の地位に基づき自からの権利として相殺権を行使するものであり、物上保証人という特別の立場にある者を保護する目的を有するものであるから、破産法五三条一項の適用はなく、またこれを許容すべき実質上の理由も存するからである(大審院昭和六年(オ)第二一四一号同七年八月二九日判決・民集一一巻二三号二三八五頁参照)。

そうすると、既に被担保債権の元本の確定していた本件根抵当権は、右の被担保債権の消滅にともない消滅し、本件根抵当権登記は抹消されるべきものとなつたことになる。

控訴人は、転抵当権設定後の原抵当権の被担保債権の消滅は転抵当権者に対抗できないと主張するが、そもそも控訴人は本件転抵当権につき民法三七六条一項の対抗要件を具備しておらず(その旨の証明がない)、また右相殺の昭和五一年当時に既に転抵当権が実体上存在しなかつたことは、後記五、六に認定のとおりであるから、本件根抵当権の消滅は控訴人に対する関係でも有効というべきである。

五請求原因五のとおり、本件根抵当権について、原因昭和四八年三月一日金銭消費貸借の同月一〇日転抵当契約、債務者グルサン、転抵当権者控訴人とする同年六月二七日付本件転抵当登記がされていることは当事者間に争いがない。

控訴人は、昭和四八年三月一日仲野商店に対し六七〇万円を貸付け、同月一〇日右貸金のうち三〇〇万円を担保するため、仲野商店から本件根抵当権につき転抵当権の設定を受けたと主張するが、控訴人が右同日仲野商店に対して金銭を貸付けたことを認めるに足る証拠はない。

もつとも、〈証拠〉によれば、控訴人は昭和四八年六月一九日仲野広行に対し六七〇万円を貸付けうち二〇万円を利息として天引したことが認められる。そして右証拠によれば、仲野広行は当時仲野商店の代表取締役であつたこと、右借受に際し仲野商店名義の領収書が交付されたことが認められるが、〈証拠〉によれば、仲野商店は昭和四三年六月に倒産しその後営業を行わず、昭和四八年には会社の実体はなかつたこと、控訴人も右貸付を仲介した小林利行も仲野広行が個人として営業をするための資金とさせる意思で右貸付を行つたこと、控訴人は右貸付に関する書類上の借受人名義には関心がなく、右貸金の弁済を誓約する念書を仲野広行個人から徴したり、右貸金の担保として本件転抵当権登記上の債務者をグルサンとするなどまちまちな取扱いをしていたことが認められるのであつて、これらの事実をも考慮すると、〈本件全証拠〉によつても六月一九日の借受が仲野商店を債務者とする意思でなされたものと認めることはできない。

右のとおり、控訴人は昭和四八年六月一九日仲野広行に六七〇万円を貸付けたこと、本件根抵当及び転抵当登記がされていること、および〈証拠〉によれば、本件転抵当登記は右貸金交付の際に仲野商店の代表取締役である仲野広行から交付された書類を用いてされたもので、控訴人も小林利行も本件転抵当登記は右の仲野広行に対する貸金を担保するものと考えていたことが認められることからすると、仲野商店代表取締役仲野広行は、右同日、控訴人に対し、仲野広行の右六七〇万円の貸金債務のうち三〇〇万円を担保するために、本件根抵当権について転抵当権を設定する旨を約したものと推認でき、この推認を覆すに足る証拠はない。なお、仲野商店が本件土地所有者の脱退被控訴人、参加人、又は本件根抵当権の債務者のグルサンに対し本件抵当権の設定を通知し、又は右所有者、債務者が右設定を承諾したことは、本件全証拠によつても認められない。

六次に、右転抵当権の被担保債権の消滅の主張について判断する。

控訴人が、弁済者が誰であるかはさておき、昭和四九年二月一四日四五五万円の弁済を受領したことは当事者間に争いがない。

但書を除く部分は成立に争いがなく、但書部分は押印に争いのないことから真正に成立したものと推認される〈証拠〉によれば、控訴人は昭和四九年二月一四日弁護士光辻敦馬法律事務所において、同弁護士立会のうえ、仲野広行から前記六七〇万円の貸金債務の弁済として前記のとおり四五五万円の支払いを受けたのであるが、その際、控訴人は仲野広行に対し同人の控訴人に対する右貸金債務は右四五五万円の弁済をもつて全て清算されたものと確認し、残余の債務を免除する旨を約した示談をし、その旨を記載した領収書(甲一七号証)を交付したことが認められる。

甲一七号証(領収書)の金額記載の下部には、但「昭和四八年六月一七日貸付金元利合計金の残額。上記金員の受領を以つて貴殿との貸借は全て清算されたことを確認します。」と記載があるところ、控訴人はこの部分の成立を否認し、証人小林利行の証言中には右領収書に押印したときには右但書部分の記載がなかつたとの部分がある。しかし、控訴人は但書部分を除いては押印部分を含め甲一七号証の成立を認めているのであるから、右但書部分の成立は推認されるところ、一般に領収書には領収金の趣旨を記載するのが通常であるし、特に弁護士が立会つて金銭が交付されたときは弁護士は将来の紛争を防止するため明確な証拠を残すように配慮するのが通常であると考えられ、また甲一七号証の但書部分の筆跡が他の部分のそれと同じであると認められることを考慮すると、証人小林利行の右証言部分は容易に信用することができない。なお乙七号証は仲野広行名義の昭和四九年二月二〇日付の支払確約書であるが、その名下の印は前記のとおり仲野広行が作成したものと認められる乙三号証の同人名下の印とも異なり本件全証拠によつても真正に成立したものと認めることはできない。そのほか本件全証拠によつても右認定を覆すことはできない。

そうすると、本件転抵当権の被担保債権は昭和四九年二月一四日全部消滅したものといわねばならない。

七以上判断のとおり、本件転抵当権の被担保債権は既に消滅しているから、控訴人はもはや転抵当権を有せず、本件転抵当登記は実体に合しない無効なものである。

したがつて、本件転抵当登記上に権利者とされている控訴人は本件根抵当権設定登記の抹消につき承諾すべき義務があり、参加人の本訴請求は理由がある。

八よつて、参加人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(奥村正策 広岡保 井関正裕)

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